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万葉神事語辞典


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項目名 きんき
表記 禁忌
Title
Kinki
テキスト内容 忌むべきものとして禁ずること。日月、方位、医薬、食物、言語など多方面の事柄について忌むこと。「きんき」の語は山上憶良の「沈痾自哀文」に1例のみあるだけである。人が病に伏し死に向かうことは悲しと述べる部分で、高徳の隠者の「病は口より入る、故に君子はその飲食を節す」を紹介し、それを回避す手段を詳説する中に、「飲食禁忌の厚訓」の語句が用いられ、飲食禁忌に関する教訓をいくつか挙げている。つまり、万葉集の作者の中では、憶良一人が病を避けるための飲食に限定して「禁忌」の語を使用していることになる。万葉集では言語的禁忌(タブー)に関することを内容的に詠出する歌が多く、万葉人は、飲食以外の事柄にも「禁忌」の意識を働かせていたと推察されるが、「禁忌」の語を探すことはできない。言語的禁忌を背景として詠出された歌の背景には、万葉時代のことばとして、「言(こと)」が「事(こと)」と同じであるとの立場から、言語に宿る霊力としての「言霊」の思想が生きていたことが注意される。これがプラスに働けば祝詞となり、マイナスに働けば斎宮における忌詞(いみことば)のような言語的禁忌となる。憶良は「神代より言ひ伝(つ)て来(く)らくそらみつ大和(やまと)の国は皇神(すめかみ)の厳(いつく)しき国言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国と」(5-894)と詠出して、言霊を明確に捉えている。言霊に対する信仰は、言語的側面に留まらないで、古代の民俗生活全般にわたって展開され、その行動の規制や決定の規範となっていた。万葉歌では、「葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国は神(かむ)ながら言挙(ことあ)げせぬ国然(しか)れども言挙げぞ我(あ)がする」(13-3253)のように、神意のままに生き言挙げしない国であるが言挙げをすると、言語的禁忌を用いながら複雑な心情を表現し、(13-3250)では恋の成就を願う相聞に用いられている。「言霊(ことだま)の八十(やそ)の衢(ちまた)に夕占(ゆふけ)問ふ占正(うらまさ)に告(の)る妹(いも)相寄(あひよ)らむと」(11-2506)も、禁忌として用いるのではなく言霊に宿る霊力で恋の成就を願う歌である。西宮一民「 万葉時代の言語生活」『萬葉集講座3』(有精堂)。
執筆者 佐藤隆