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万葉神事語辞典


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項目名 つばいち
表記 海石榴市
Title
Tsubaichi
テキスト内容 奈良県桜井市金屋付近にあったとされる市の名。万葉の時代には物資の交易の場として各地に「市」が設けられていた。「海石榴市(つばいち)」(12-2951、3101)をはじめとして、「軽の市」(2-207)、「東の市」(3-310)などが万葉集に見える。こうした市には「市の植木」(3-310)など、その市を象徴する様な植生が見られたと考えられる。「海石榴市」は、そうした植生が「椿」であったことに由来する名称であろう。「海石榴市」は、紀に歌垣の場としてもその記事が見える。武烈即位前紀には平群鮪(へぐりのしび)と武烈天皇が物部麁鹿火(もののべのあらかひ)の女(むすめ)影媛(かげひめ)をめぐって海石榴市で歌垣をなし、争ったことが記されている。その様子は「太子、…影媛が袖を執へて、躑躅(てきちょく)し従容(しょうよう)したまふ。俄(しばら)くありて鮪臣(しびのおみ)来たりて、太子と影媛の間を排(おしはな)ち立てり。」とあり、相手の袖を捉え、立ち止まったり、歩き回ったりする様、あるいは、二人の間に割ってはいる様などが記されており、歌を掛け合うだけではない、その場の白熱した様子を読み取ることができる。そして、この歌垣の結末は影媛を「姧(をか)」した鮪の誅殺という悲劇に終る。本来「人目」「人言」を避けて育まれるはずの男女の仲が「海石榴市」といった衆人環視のなかで行われる「歌垣」によって公にされることには、万葉集に「この山を うしはく神の 昔より 禁めぬ行事ぞ」(9-1759)と詠われる一方、その物語がいずれ悲劇に終ることの予感を含み、また、そうした恋のあり方を語ることによって、それを周知させる意義があったとみなければならないだろう。土橋寛『古代歌謡と儀礼の研究』(岩波書店)。渡辺昭五『歌垣の民俗学的研究』(白帝社)。辰巳正明『歌垣―恋歌の奇祭をたずねて―』(新典社)。
執筆者 城﨑陽子