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万葉神事語辞典


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項目名 わたつみ
表記 海神
Title
Watatsumi
テキスト内容 ①海の神霊。ワタは海。他に「和多能曽許(海の底)」(5-813)、「渡中(海中)」(1-62)などの例がある。ツは目(ま)ツ毛などと同じ格助詞。ミは山祇(山つミ)などと同じく神霊の意だが、神(かミ)とは上代特殊仮名遣の甲乙が異なる。②海。中大兄の三山歌「わたつみの豊旗雲に入り日見し」(1-15)や僧通観の作「わたつみの沖に持ち行きて放つとも」(3-327)などがその例とされる。しかし前者はこれを瑞祥のごとく扱い、続けて、今夜はよい月夜であってほしいと詠む。また後者でも、題詞に娘らが通観をからかって干し鮑を蘇らせて欲しいと頼んだとの事情が記され、続けて歌では、霊力ある海に放ったってそれは無理だと応じた旨が詠まれている。それと明確に記さない場合でも、海にはある霊威を意識していたことが窺われよう。波が「寄す」と他動詞で詠まれたりするのも、木下正俊によれば、神がそうした自然現象をもたらすとした観念のあらわれだという。作者未詳の長歌「羈旅の歌一首并せて短歌」(3-388)でも、海神が潮を満ち干させると詠まれている。なお327の原漢字表記「海若」(他6例)は、楚辞の遠遊から(『文選』巻2「西京賦」にもみえる)の引用で、王逸注に「海若、海神名也」とある。紀の巻1神代上第五段の一書第六で海神を「少童命」と称し、訓注(同段の一書第七末尾にまとめて置かれる)に「和多都美」と記すのも、同様の観念の反映である。高橋虫麻呂の歌に、浦島子が持たされていた櫛笥を開けてしまってたちまち年老いたと詠まれ、また海神の宮に留まっていたならば永遠に生きただろうにとも詠まれている(9-1740、1741)のとも関わることで、人の若さは海中の他界に集められていると信じられたことがこれらの例からは窺われる。海神は玉を持つと詠まれることが多い。瀬間正之によれば、これは類書の『経律異相』を通じて仏典に学んだ表現で、龍王は海底に宝珠を持って住んでおり、雨を降らせる能力があると記されていることに由来するという。家持が雨乞いの歌(18-4122)で海神に祈っていることはこれと関わっていよう。記紀でワタツミ三神は阿曇連らの祖神と記されており、彼らの将来した伝承の上にそれらの描写が重ねられたものであろう。木下正俊「『雨が降る』という言い方」『萬葉集語法の研究』(塙書房)。
瀬間正之「『海宮訪問』と『経律異相』」『記紀の文字表現と漢訳仏典』(おうふう)。
執筆者 月岡道晴