國學院大學
國學院大學デジタルミュージアム

万葉神事語辞典


はじめに    ≫凡例    ≫項目執筆者一覧    ≫収録項目一覧

詳細表示 (Complete Article)

項目名 わすれがい
項目名(旧かな) わすれがひ
表記 忘貝
Title
Wasuregai
テキスト内容 「忘れ貝」とは、特定の貝を指すわけではなく、もともと二枚貝であった貝が離れて一片ずつになってしまったものをいう。また、離れた一片に形状が似ていることからアワビ貝のことを指す場合もある。一説に、「殻だけが浜に打ち上げられ、忘れられていることから言う。」(『新大系』)とあるが、万葉集中の5例を見ると、大伴坂上郎女が大宰府の大伴旅人宅を出て都に向かう海路での詠(6-964)や、背景は記されていないものの、「住吉に行くといふ道に」との表現を含む歌(7-1149)など、旅路で恋人を偲んで詠んだ歌が多く、二枚貝の一片が、片割れと離れ、すっかりそれを忘れてしまったかのようにあることによると思われる。最も古い例である身人部王の歌(1-68)も、家に残してきた妻への思いを、忘れ貝のようには妻を忘れることができないと歌ったものであり、その意に沿っている。残り4例は、巻11、巻12の作者未詳歌や巻15の遣新羅使人歌など奈良期の歌であるが、ここでは、忘れ貝のようには恋人を忘れることができないという表現がある一方で、貝を拾ったけれども恋人を忘れることができない(12-3175)というように、「忘れ貝」を拾うと恋人を忘れられるという俗信を前提とした表現が見られるようになる。さらに、これら5例の他に、「恋忘れ貝」という定型表現が5例確認できるが、これらはすべて恋人を忘れさせる貝として詠まれている。これらの歌は、古歌集出歌(7-1197)を除いて、大伴坂上郎女の歌や巻7の作者未詳歌など比較的新しい歌ばかりであり、恋人を忘れさせる貝としての「(恋)忘れ貝」の表現が、奈良期の和歌に新しく定着していったあり様をうかがわせる。
執筆者 新沢典子