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万葉神事語辞典


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項目名 よも
表記 四方
Title
Yomo
テキスト内容 四方。ある場所を中心として、その前後左右に位するところ(東西南北)。まわり。また方角にもいい、一つの場所をとりめぐるあらゆるところの意にも用いる、と解説される。四面(ヨオモ)の約か、とも。「葦原の 瑞穂の国を 天降り 領らしめしける 皇御祖の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と 領らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には」(18-4094)のように「あらゆる」という意味に用い、そこには天下国家の支配といったニュアンスがある。「天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には」(18-4122)も同様だが、四方への道と述べ、この後「馬の蹄の至る果てまで」、あるいは「海上では船崎をとめる港の果てまで」と歌って、陸路・海路の究極を表現する。「食国の 四方の人をも 遺さはず 恵み賜へば」(19-4254)は「支配する国土のあらゆる人々をも遺さずお恵みになるので」という事だ。また「天皇の 遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国は 敵守る 鎮の城そと 聞し食す 四方の国には」(20-4331)は「お治めになる天下四方の国に」とあり、いずれも支配の広がり、つまり版図を捉えていた。「聞し食す 四方の国より 奉る貢の船は」(20-4360)も支配対象の国を示す。いわば支配対象としての国、道、人をめぐる表現として用いられたものであった。これはもちろん具体的実体的支配を言うものでもあったろうが、神話的、抽象的な支配、さらにいえば呪的支配も指し示していた。いわば儀礼表現として、例えば宮廷行事の四方拝のような位置付けで存在した。四方拝は元旦の早朝天皇が、束帯を着し、神嘉殿の南庭に出御、皇大神宮・豊受大神宮・天神地祇・天地四方・山稜を拝し、天下泰平、万民安寧を祈る儀式であった。このような儀礼は形を少しずつ変えながら、様の東西を問わずあらゆる地域で行われていた。山田安彦『方位読み解き事典』(柏書房)。
執筆者 山田直巳