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万葉神事語辞典


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項目名 やまのべのみい
項目名(旧かな) やまのべのみゐ
表記 山辺の御井
Title
Yamanobenomii
テキスト内容 伊勢にある、当時名高かった聖なる井。万葉集1-81に和銅5年4月に長田王を伊勢の斎宮に遣わした時に、王が「山辺の御井」で作った歌として「山辺の 御井を見がてり 神風の 伊勢娘子ども 相見つるかも」を載せる。また13-3235に、天皇の行宮が営まれた地として伊勢の「山辺の 五十師(いし)の御井」があり、それも同所かという。鈴鹿市山辺付近とも、一志郡新家付近また同郡嬉野町宮古ともいわれるが、確証はない。地下水などを湛え、またそれを汲み取る「井」は、自然のものも人工のものもあり、地名としても多く残っているが、「御」を冠している「御井」からは、その水と土地の聖性がうかがえる。湧き出る水が人間の生活と命を支えるものであることはいうまでもない。常陸国風土記には、「井」を拓く説話や、「大井」のほとりで男女が集ったことが記されているが、水への希求は聖なる水への信仰へとなっていったであろう。紀の天智9年3月の条には、「山の御井」のほとりに諸神の座を敷いて幣帛を供し、中臣金連(なかとみのかねのむらじ)が祝詞をあげた記事が載せられ、また「藤原の宮の御井の歌」(1-53)では、「水こそば とこしへにあらめ 御井のま清水」と、御井を中心として藤原宮が賛美されており、それぞれ聖なる井への崇敬が示されている。そして、この井の水を汲むのは女性の仕事とされていた。家持は「もののふの八十娘子」が寺井の水を汲むさまを「かたかごの花」とともに美しく描く(19-4143)が、藤原の宮の御井の歌に付せられた短歌も大宮に仕える「娘子」の姿を讃えている(1-54)。長田王の歌の「伊勢娘子ども」も、井に奉仕し、その水を汲む聖なる女性たちを彷彿とさせる。内親王や女王の奉仕する斎宮とどこかでクロスしながら、「山辺の御井」は、聖なる水を滾々と湛える山際の井として印象づけられていたといえる。
執筆者 内藤明