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万葉神事語辞典


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項目名 みみなしやま
表記 耳成山
Title
Miminashiyama
テキスト内容 耳成、耳成の池。耳成山は大和三山の一。大和三山には妻争いを歌った歌(1-13)があり、「香具山は畝火ををしと耳成と相争ひき」と表現される。これは播磨国風土記揖保郡条の播磨の阿菩大神にかかわる妻争仲裁の伝説と重なる。中大兄は661(斉明7)年正月の百済救援のための西下の途次、加古の湊で(斉明紀)これを聞いて、あるいは、思い起こして詠んだとみられる。大和三山が三山と認識されるのは、耳成山を背に、三山が周辺を取り囲む藤原京(1-52)か、優美に裾を引く畝火山を中にして三山が一直線上に並んでみえる磯城地域の高台、たとえば大神神社の北、狭井神社の前あたりか、もしくは香具山を中に同様にみえる当麻方面の高台からかであろう。ただ、三山のいずれを女性とみるかは説が別れる。それは畝火山について香具山が「畝傍男雄之」とあるのを「雄々し」と読むか、「を愛し」と読むかにかかわる。訓仮名であるから意味を認めることもできるが、仮名ならば音だけとればよく、意味を汲む必要はあるまい。菟原娘子の伝説(9-1809)は、菟原郡の3つの古墳が東西に並ぶ様から生じた伝説である、三山が一直線上に並んでみえる磯城地方で形成された伝説である、また2男性が1女性を争う型(万葉集はこの型だけである)が基本である、といったことを総合してみると三山の真中で裾を引く美しい畝火山を女とみて「愛し」と表現したとしてよい。これは西下の船旅での中大兄の額田王を巡っての実感を込めた歌とも見られなくはない。耳成山には他に1首、ツマ争いにかかわる歌がある。これは三人の男性の求婚に困って耳成池に身を投げた女性山縵の児の物語で、「無耳の 池し恨めし 吾妹子が 来つつ潛かば 水は涸れなむ」(16-3788)他、3首の歌が配されている。この山も祭祀の対象とされ、延喜式には、耳成山口神社がみえる。吉永登『万葉ー文学と歴史のあいだ』(創元社)。直木孝次郎『額田王』(吉川弘文館)。
執筆者 寺川眞知夫
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耳成山