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万葉神事語辞典


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項目名 みずやま
項目名(旧かな) みづやま
表記 瑞山
Title
Mizuyama
テキスト内容 木々の瑞々しく生い茂った山。作者未詳の長歌「藤原の御井歌」に、畝傍山を讃美する表現として2例あらわれている。「みづ」は、「葦原能美豆保國」(20-4094)の「瑞穂」、また「水枝(瑞枝)」(6-907)や「水垣(瑞垣)」(11-2415)などの例から、第一義には植物の生気に充ちた様子を言うことばと理解できるが、記の雄略条の歌謡に「三重の子が捧(ささ)がせる瑞玉盞(みづたまうき)(美豆多麻宇岐)に浮きし脂(あぶら)」とあること、また反正即位前紀の記述に瑞歯別(みづはわけ)天皇は生まれながらに歯が1本の骨のようだった(それほど綺麗に並んでいたということか)とあり、記の反正条にも同様の記述があることなどを参照すると、形容する対象が植物の範囲を越えて用いられることもあって、単なる美称の場合もあると知られよう。当該例の場合は前者と解釈するのが穏当である。この語句は、藤原宮とその中心である井戸(水場)の置かれた藤井が原が、大和三山や吉野山に四囲を守られた適地にあることを讃美する文脈のなかにある。香具山は「日の経(たて)」(東)の大御門に春山らしく繁り立ち、畝傍山は「日の緯(よこ)」(西)の大御門にみづ山としていかにも山らしくいらっしゃって、耳成の青菅山は都の背面(北)の大御門に格好よく神々しく立ち、吉野山は光指す方角(南)の大御門の遥か雲のかなたにあると長歌はうたう。藤原京の構造は、『周礼』が説く都城のありかたと類似していることが近年の発掘及び研究によって明らかになっており(いわゆる「大藤原京説」)、前掲の表現の文脈もそのような都城の設計思想と無関係だとは思われない。後の平城京遷都の際も、元明天皇708(和銅元)年2月の詔に、平城の地は四神獣の配置に適い、三山が鎮めをなし、亀卜や筮占にも吉と出たため、そこに都を建てるべしとの命が下っている。当該語句の場合も、畝傍山を含む三山に都の鎮護のはたらきを期待して、それぞれ特別な讃美表現を与えたのだろう。
執筆者 月岡道晴