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万葉神事語辞典


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項目名 まよねかき
表記 眉根掻き
Title
Mayonekaki
テキスト内容 眉毛を掻くこと。眉毛を掻くと男女の相会が適うという呪術。戯れ的性格が強く見える。眉は、当時、女性のお洒落のポイント。弓形や柳葉や三日月のような形の眉が流行した。唐の女性の流行をいちはやく取り入れたのである。そうした眉はセクシーポイントでもあった。「振仰けて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかな」(6-994)は、三日月(初月)のほのかに光るのと同じ程度に、わずかに見た女性の三日月のような眉引きが思われたという戯れ歌であり、女性の容姿ではなく、眉引きだけが対象なのである。最先端のおしゃれである蛾の触覚のような形の眉(三日月眉・蛾眉)をしている女性への、挑発とからかいの歌である。万葉集には眉を掻くと相手と会えるという俗信が見え、「月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも」(6-993)は、いつまで待っても訪れのない不実の男が、ようやく月が変わった三日月のころにやってきたが、それは男が誠実だったのではなく、三日月の眉を掻いたからだと、俗信の呪いのせいにして男を凹ませる笑い歌である。これらが笑い歌だというのは、「眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむか何時しか見むと思へる我を」(11-2408)の歌からも窺える。早く会いたいと思っている私のことを、眉根を掻きクシャミをして、さらには下紐まで解いて待っているのではないかという。男が女に対して、自分のことをこんなにメロメロな状態で待っているのだと挑発する歌と思われる。眉根を掻くという行為は、噂がクシャミを誘い、恋すると下紐が解けるという俗信と等しく、恋する思いが耐え難くあることを指し、これらの一連の行為はその心の現れなのである。そのように相手が自分を激しく愛しているという状態に仕立てるのが眉根を掻く歌であり、周囲の笑いを予定した歌である。このような歌は、当時の人たちによく受けたらしく、「眉根掻き下いふかしみ思へるに古人を相見つるかも」(11-2614)には、異伝の歌として「眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも」、「眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも」のように、少しずつバリエーションを見せながら歌われている。これらは異伝ではなく、眉根を題とした歌の応酬なのだと思われる。1首目の「古人」と呼ばれたのは男で、随分久しく逢いに来なかったので冷やかして古人(死者・忘れられた人)と呼び、男の出鼻を挫いたのである。それに対して男は応酬しなければならない。男は、誰が眉を掻かせるのか、不思議に思っていたら、何とあなただったのですか、と。そうした眉根を掻くことの応酬は、「眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやも何時かも見むと恋ひ来しわれを」(11-2808)に対して、「今日なれば鼻ひ鼻ひし眉痒み思ひしことは君にしありけり」(11-2809)のようにあり、これらは問答の歌であるという。初めは男の歌で、彼女は眉を掻き、クシャミをし、下紐も解いて(つまり、いつでも共寝の出来る状態で)、私のことを待っていたのだろうと戯れるのである。それに対して女性は、たしかに今日はクシャミも出るし、眉も痒くてたまりませんでしたが、それはあなたのせいだったのですね、と相手の男のからかいを素直に受け入れて、相愛の歌へと展開させるのである。まさに、眉根は俗信を踏まえながら、男女が共寝へと誘う機微を歌い合うエロチックな素材であったことが知られる。
執筆者 辰巳正明