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万葉神事語辞典


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項目名 ままのてごな
表記 真間の手児名
Title
Mamanotegona
テキスト内容 下総国葛飾郡真間に住んでいた女性の呼称。万葉集では「葛飾の真間のヲトメ」「葛飾の真間のテゴ」とも伝わるが、歌の本文中ではすべて「テゴナ」で、しかも反歌の2例をのぞき「葛飾の真間の」という大地名と小地名が冠せられている。万葉集には「テコ」「コナ」の呼称が伝わり、721(養老5)年の下総国の戸籍には「コメ」「テコメ」などが残されており、これらは女性の名と思われるが、「テゴナ」については「葛飾の真間の手児名」のみである。注目すべきは、地名を冠した呼称であることで、伝説として伝えられた女性であることがわかる。この手児名伝説について最も詳細に伝えるのは、高橋虫麻呂作歌(9-1807~8)である。これによれば手児名は質素な身なりをし、髪も解かず沓も履いていないが、大変魅力的で男たちは群がるように求婚したので、手児名はわが身を思い知って港の奥津城(おくつき)で眠っていると伝え、作者の手児名に対する哀悼の情がうたわれている。また、山部赤人作歌(3-431~3)では、帯を解いて妻問いしたと伝え、こちらも奥津城がうたわれている。虫麻呂作歌の手児名は自殺したと判断できるが、多くの男性に求婚されて死を選ぶということには必然性がない。反対に赤人作歌では、男を受け入れることがうたわれている。また、手児名は質素な身なりで井戸で水をくんだり、藻を刈る様子がうたわれることから、手児名は神に仕える女性であると考えられる。そうしたことからみれば、男性からの求婚を受け入れることができないのは神の嫁という性格を示し、同時に神の立場に立つものからみれば、妻問いを受け入れるということになる。葛飾の真間は、下総国府に隣接する港があるところで、この港は東京湾の海運と利根水系の水運の交差する水上交通の要衝の地であった。その港に奥津城が祀られ、伝説が語られる手児名伝説は、その港に集まる人々が安全を祈願する神を祀る巫女(ふじょ)の悲劇として語られ、鎮魂・手向けの歌が残されたのであろう。折口信夫「真間・葦屋の昔がたり」『全集29』(中央公論社)。今井福治郎「ママとテコナ」『房総万葉地理の研究』(春秋社)。櫻井満「高橋虫麻呂」『著作集4』(おうふう)。
執筆者 大石泰夫
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真間の手児奈堂