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万葉神事語辞典


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項目名 ふとのりと
表記 太祝詞
Title
Futonorito
テキスト内容 立派な祝詞。太は美称。祝詞は神に向かって唱える言葉である。記の神代に天照大御神が天の岩屋戸に隠れたとき、八百万の神が集まり、布刀玉命が様々な献物を持ち、天児屋命が「布刀詔戸言」を申し上げたとある。また紀の神代上第七段一書第一には、日神が磐戸から再び現れた後、その原因となる乱行を働いた素戔嗚尊に対して「解除」を科す際、天児屋命に「解除の太諄辞」(訓注に「太諄辞、此をば布斗能理斗と云ふ」とある)を宣らせたとある。この2例はいずれも天の岩戸神話の文脈にみられるが、記の太祝詞は天照大御神の出現を目的としたものであるのに対して、紀のそれは素戔嗚尊の罪を祓うために唱えられたという差異が認められる。このことから「太祝詞」とは固有の詞章に対する名称ではなく、神に向けられた詞章の総称でることが明らかである。万葉集では大伴家持が「酒を造れる歌一首」(17-4031)として、「中臣の太祝詞言」を唱えて祓えをし、祈る命も誰のためか、あなたのためだ、と詠んだのが唯一の例で、造酒の際に祝詞が唱えられることがあったとみられる。『延喜式』巻第8には、「天つ祝詞の太祝詞事(ふとのりとごと)(辞)」という語が「六月晦大祓」「鎮火祭」「道饗祭」「伊勢大神宮・六月月次祭」「伊勢大神宮・同神嘗祭」の各祝詞にみられ、藤原頼長の『台記別記』(平安時代末期)所収の「中臣寿詞」にも「天つ詔との太詔と言」とある。各祝詞の詞章中において、現に唱えられているその祝詞を示している。「天つ祝詞の」とあるのは、それぞれの場合に唱えられる祝詞が、記紀にあるように神代から伝えられてきた神聖なものであることを強調する表現であろう。祝詞の宣読者に関して、神祇令には「祈年祭」と「月次」の祭に中臣氏が祝詞を唱えて忌部氏が幣帛を分配することが規定されており、『延喜式』巻第8冒頭には「大殿祭」「御門祭」の祝詞は斎部氏が唱え、それ以外の祝詞は中臣氏が唱えることが明記されている。このことから祝詞を司るのは主に中臣氏であったことがわかる。記紀の文脈において太祝詞を宣る天児屋命が中臣氏の祖神であることや4031の「中臣の太祝詞言」という表現がこれを裏付けよう。こうして見たとき、単に「祝詞」という場合に対して、「太祝詞」は中臣氏との関係意識を強くともなって表記される語であることが知られる。
執筆者 舟木勇治