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万葉神事語辞典


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項目名 ひつぎのみこ
表記 皇太子
Title
Hitsuginomiko
テキスト内容 万葉集に「皇太子」の語が見えるのは天智天皇が蒲生野で遊猟した際に大海人(後の天武天皇)が詠んだ歌の題詞と757(天平宝字元)年11月18日に催された内裏の肆宴において大炊王(後の淳仁天皇)が詠んだ歌の左注の2箇所のみである。紀には歴代天皇について皇太子を定める記事があるが、実際に一人の皇族を皇位継承者として定める制度が確立するのは早くても7世紀のこととされ、大海人皇子を「皇太子」と称することは、後の潤色であるとする見方が強い。万葉集には天皇に関わる次のような表現がみられる。「高御座 天の日継と 皇祖(すめろき)の 神の命の 聞し食す 国のまほら」(18-4089)、「高御座 天の日嗣と 天の下 知らしめしける 皇祖(すめろき)の 神の命の」(18-4098)。これらの表現から天皇は、「天の日継(日嗣)」つまり、日の神の子孫として代々その位を継いできた「皇祖」の末裔と考えられていた。記紀神話においては、天照大神を天皇家の祖先神と系譜的に位置づける。天照大神は太陽信仰を背景とする日神であり、天皇はその後裔、つまり、日を嗣ぐ者として統治の由来が語られているのである。従って、「皇太子(ひつぎのみこ)」は「日嗣」となるべき条件を備えた継承者すべてを指す語であり、これに唯一の皇位継承者としての意味合いが含まれてくるのは『律令』による規定が定着してからである。荒木敏夫『日本古代の皇太子』(吉川弘文館)。
執筆者 城﨑陽子