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万葉神事語辞典


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項目名 にえ
項目名(旧かな) にへ
表記
Title
Nie
テキスト内容 神や天皇に供する食料。神に新穀を供え、収穫を感謝し、神と共食する新嘗(にいなめ)の祭儀。記(天孫降臨、猿女君の条)に「島の速贄(はやにへ)」とある。志摩の国から貢上される初物の贄のことかという。また、記(神武東征の条)に「贄持之子(にへもつのこ)」とあり、「阿陀(あだ)の鵜飼の祖」と注記する。ニヘとしての魚鳥を捕獲する人を「贄人」、それを貯蔵・調理する建物を「贄殿」という(播磨国風土記、賀古郡)。また、山部赤人の「難波行幸従駕の歌」(6-933)に淡路の野島の海人(あま)が「日の御調(みつき)」として天皇の食膳に鮑を献上するとある「日の御調」も贄とみてよい(『全注』)。万葉集東歌に「にほ鳥の葛飾早稲(かづしかわせ)をにへすともそのかなしきを外に立てめやも」(14-3386)とある。「にへす」は「にへ」の動詞化した語で、万葉集中唯一の例。早稲の初穂を神にささげる新嘗の祭りをとり行うことをいう。同じ東歌に新嘗の夜を歌った「誰(たれ)そこの屋の戸押(お)そぶる新嘗(にふなみ)に我が背を遣りて斎(いは)ふこの戸を」(14-3460)がある。祭りをとり行う主婦は、家人はもとより夫といえども戸外に出して厳重な物忌みに籠らなければならなかった。常陸国風土記に神祖(みおや)の尊(みこと)が富士の神に一夜の宿を請うと富士の神は「新粟(わせ)の初甞(にひなへ)して、家内諱忌(やぬちものいみ)せり」といって断ったとある(筑波郡)。ニヒナメの語義を、こうした厳しい物忌みの生活から、ニヘノイミ(神にニヘを奉るときのイミ)と説く説もある。東歌2首はともに男の訪れを歌う恋の民謡であるが、新嘗の夜の習俗を歌って貴重である。なお、宮廷祭祀として整備された新嘗祭は、仲冬(11月)「下の卯の日」に執り行われる(「養老神祇令」)。752(天平勝宝4)年11月25日に詠まれた「新嘗会の肆宴応詔歌」6首(19-4273~8)は、ちょうど「下の卯の日」に当たっていた。
執筆者 尾崎富義