國學院大學
國學院大學デジタルミュージアム

万葉神事語辞典


はじめに    ≫凡例    ≫項目執筆者一覧    ≫収録項目一覧

詳細表示 (Complete Article)

項目名 とおつかむおや
項目名(旧かな) とほつかむおや
表記 遠つ神祖
Title
Totsukamuoya
テキスト内容 遠い昔に神として存在した先祖。集中唯一大伴家持がこの語を用いている。おや(祖)は、父母の意(3-362)にも用いられるが、「玉葛いや遠長(とほなが)く祖(おや)の名も継ぎ行くものと」(3-443)のように先祖の意でも用いられる。とほつおや〔遠祖・上祖・本祖・始祖・先祖〕の語は、万葉には見られず記紀の用例のみである。かむおや〔神祖〕の用例も万葉集には見られない。とほつかみ〔遠神〕の用例は、1-5、3-295とに見られ、「我が大君」として過去の天皇をさしていると推察され、用法としては枕詞に近い。類語となるとほつかむおや(遠つ神祖)の例から、神に対する意識の存在も否定できない。さて、「とほつかむおや」の用例は、家持の「陸奥国に金を出だす詔書を賀く歌」(18-4094、18-4096)に見られる特異な語である。皇祖(すめろき)の神の命の御末である聖武天皇が、大仏建立の大事業を始められ、天平19(747)年盧舎那仏鋳造に至って黄金が不足した。おりよく陸奥から黄金が出土し、歓喜した聖武天皇は宣命(詔12・13)を発布され、第13詔では「また大伴(おほとも)・佐伯(さへき)宿禰は、常(つね)も云はく、天皇(すめら)が朝守(みかどまも)り仕(つか)へ奉(まつ)る、事顧(ことかへり)みなき人等(ひとども)にあれば、汝(いまし)たちの祖(おや)どもの云(い)ひ来(く)らく、」「是(ここ)を以(もち)て遠天皇(とほすめろき)の御世(みよ)を始(はじ)めて今(いま)朕(わ)が御世(みよ)に当(あた)りても、内兵(うちのいくさ)と心(こころ)の中(うち)のことはなも遣(つかは)す。」とあった。その前段には「高天原(たかまのはら)ゆ天降(あも)り坐(ま)しし天皇(すめら)が御世(みよ)を始(はじ)めて、中(なか)・今(いま)に至(いた)るまでに、天皇(すめら)が御世御世(みよみよ)、」とあり、天照大神からの皇統が示されていた。家持は、大伴氏の偉績に関わる記事に深い感動を覚え、詔で示された「汝(いまし)たちの祖(おや)ども」の語や、皇祖と大伴氏との歴史的な関わり方を自覚し、大伴氏の祖先から祖先神にまで想いをはせて作品を創出し、「ここをしもあやに貴(たうた)み嬉(うれ)しけくいよよ思(おも)ひて大伴(おほとも)の遠(とほ)つ神祖(かむおや)のその名をば大久米主(おほくめぬし)と負(お)ひ持ちて仕(つか)へし官(つかさ)」と祖先神大久米主を「とほつかむおや」と詠出し、反歌でも「大伴の遠(とほ)つ神祖(かむおや)の奥(おく)つ城(き)は著(しる)く標立(しめた)て人の知るべく」と祖先神を捉えて「とほつかむおや」の語を用いていた。大伴の遠き先祖に興味を示し、さらに家持の理想とする神の世界を加えての用語と推察する。「大久米主」とは、大伴・佐伯氏の祖を当時そのように称したからであり、大伴氏の先祖として記紀が伝える天忍日命や道臣命を意識していたと考えられる。なお、「とほつかむおや」の語は大伴氏のみに限定される語ではなかろう。→おおとものうじのかみ〔大伴の氏の神〕
執筆者 佐藤隆