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万葉神事語辞典


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項目名 しんせん
表記 神仙
Title
Shinsen
テキスト内容 神通力を持った仙人のこと。万葉集では、「遊於松浦河序」(5-853)で、作者(大伴旅人か)が松浦県の玉島の潭でたまたま出会った魚を釣る女子等を「神仙」かと問いかけ、竹取翁の歌では、季春に丘に登った老翁が出会った羮を煮る九人の女子を「神仙」と呼んでいる(16-3791)。神仙思想は、中国黄河流域の漢民族で発生した民間信仰であるが、西晋の葛洪(290-370)が『抱朴子(ほうぼくし)』を著し、不老長生を求める道術として日本文化に大きな影響を与えた。わが国における神仙思想の流入は、古墳に副葬される三角縁神獣鏡に西王母や青竜・白虎の図像が配され、推古朝には薬猟が年中行事化されてくるなど5・6世紀以降顕在化するが、天武天皇の和風諡号や7世紀後半のキトラ古墳・高松塚古墳に星辰図と四神(神獣)が描かれるなど、天武朝以降、殊に積極的に取り入れられた様相を知る。「仙人」(9-1682)の図像を元に、忍壁皇子に歌を奉る例が柿本朝臣人麻呂歌集にみえ、「蓬莱(ほうらい)の仙媛(やまびめ)」(6-1016)の化身としての「嚢蘰(ふくろかづら)」が歌われた。もともと「神仙」は女性に限らず、雲中を飛行する「天仙」(飛仙)、名山に遊ぶ「地仙」、死後体をこの世に残して魂だけ抜け出す「尸解仙(しかいせん)」など仙術を心得た者が至り付く境地であって、白髪痩身の仙人のイメージが強いが、日本の神仙観では近江国や丹後国の風土記逸文の天女や神女も含めて「仙女」が好まれる傾向にあった。『懐風藻』には、吉野を仙境と見立て、蓬瀛・桃源・仙霊宅・姑射嶺などと呼び、柘枝の仙媛も「神仙」と見立てられた。8世紀に入ると、皇族や上級貴族の宅地跡から山斎(庭園)の遺構も発掘されている。大陸的な教養をもつ文人達が『遊仙窟』や『文選』などの漢籍を介して「神仙」趣味に耽溺したものとみられる。中西進『ユートピア幻想―万葉びとと神仙思想―』(大修館書店)。林田正男『万葉集と神仙思想』(笠間書院)。
執筆者 伊藤高雄