國學院大學
國學院大學デジタルミュージアム

万葉神事語辞典


はじめに    ≫凡例    ≫項目執筆者一覧    ≫収録項目一覧

詳細表示 (Complete Article)

項目名 さばえ
表記 五月蝿
Title
Sabae
テキスト内容 5月の騒がしい蝿。「五月蝿なす」と使われ、5月の蝿のように無秩序に沸き上がる音の形容。記の三貴子の分治条では、委任された世界を統治せず亡き母イザナミを乞い泣きわめくスサノオの声は青山を枯らすかのように河海をことごとく乾してしまうほど激しく、その声を「さ蝿なす満ち」としている。結果、あらゆる災厄がことごとく起こったとある。また、天の石屋戸条にはスサノオの悪行により天の石屋戸にアマテラスが籠もったことで高天原および葦原中国は暗くなり、神々の声が「さ蝿なす満ち」たとある。太陽神であるアマテラスを失ったことで天上界のみならず地上界をも暗闇が包み、さらに支配者でもあるアマテラスの喪失は神々の動揺を誘うのである。「さばえ」は災厄が世界に影響を及ぼす根源の状態とされていた。紀の神代下第九段一書第六は平定される以前の葦原中国の昼は「五月蝿なす沸きる」とし、無数に蝿の沸き上がる様を表している。これらのことから聴覚的に無数に沸き上がる蝿の羽音が想像され、さらに満ちるとあることから空間的に広がりを持つといえよう。記ではあらゆる災厄が起こることまでが一連の表現であり定型であることを思わせ、神話的表現であると考えられる。万葉集では「騒く」にかかる枕詞として機能し、山上憶良が重病に陥った自分への哀悼の歌の「五月蝿なす騒く子どもを」(5-897)がみえ、大伴家持が安積皇子の薨じた時の歌の「五月蝿なす騒く舎人は」(3-478)は生前、皇子を頼み集まり騒ぐ舎人たちの様で皇子の求心力を強調しつつ、死後の落胆の大きさが表されている。また、憶良においては子どもたちの騒ぎが大きければ大きいほど重病に臥す自分との対極が示され、子どもたちを残して死ねないという気持ちが強調される。記紀のもつ災厄との直接的な繋がりはここにはなく、大勢の声が無数に沸き上がり場を満たしている様が知られる。  
執筆者 落合孝彰