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万葉神事語辞典


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項目名 ささなみ
表記 楽浪
Title
Sasanami
テキスト内容 近江の琵琶湖の西南岸一帯の地をいう。原文「楽浪」は、「神楽声浪」(7-1398)、「神楽浪」(2-154)とも書く。仲哀記に「奉り来し御酒ぞ 止さず飲せ 佐々」(歌謡39番)、「この御酒の 御酒の あやに甚楽し 佐々」(歌謡40番)とあり、神楽の囃子詞でササと言っており、「神楽声」をササと訓ませた。それを略して「神楽波」となり更に略して「楽浪」とも書いたのである。古注釈では、「楽浪」の語義を近江の枕詞とする説(『燭明抄』)と近江の地名だとする説(『僻案抄』他)とに分かれている。『全註釈』は、「この句を枕詞とする説のあるのは誤りである」としており、また『沢瀉注釈』でも、枕詞の説に異を唱えている。万葉集では、「楽浪」に続く言葉として志賀・連庫山・比良等があり、琵琶湖の西南岸にある地名に続いている。また、「楽浪の 古き京を」(1-32)、「楽浪の 旧き都を」(3-305)と古き宮処にも続くが、この2首が示す都はともに琵琶湖の西南岸にあった近江の旧都である。ただ「楽浪の 波越す安蹔に」(12-3046)の「波越す安蹔に」は、訓義未詳。そのため、「楽浪の」との関連も不明である。3046以外の例より考えると、「楽浪」という地名であった可能性が強いものと思われる。さらに仲哀記に「故、逢坂に逃げ退きて、対き立ちて、亦、戦ひき。爾くして、追ひ迫めて、沙々那美に敗る」とあり、この「沙々那美」を近江国の別名とは考えにくく、近江のある地名と思われる。また、孝徳紀(大化2年)に「凡そ畿内は、東は名墾の横河より以来、…(中略)」…北は近江の狭々波の合坂山より以来を畿内国とす」とあるのも、近江のある地名だと考えられる。『沢瀉注釈』も指摘するところであるが、『古事記伝』(31)には「沙々那美は志賀よりも広き名にやありけむ、万葉の哥どもに沙々那美の志賀と多くよみて、志賀の沙々那美とよめるはなし」とある。
執筆者 大堀英二