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万葉神事語辞典


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項目名 くめのわくご
表記 久米能若子
Title
Kumenowakugo
テキスト内容 久米の若子に関しては諸説様々であるが、現在の注釈書類では、久米氏の若者の意ととるものが最も多い。その場合、久米は久米氏を指す。若子は幼児から成年するまでの男子を指す言葉。久米氏は、軍事に関わる伴造で、久米部を率いて天皇家に仕えた。記紀歌謡には戦闘の場面において詠まれた久米歌がある。本居宣長(『古事記伝』)は、紀(顕宗天皇即位前紀)に顕宗天皇(弘計天皇)の更名(またのな)として「来目稚子」とあることから、顕宗天皇を指すものとする。また、契沖(『代匠記』)は、久米の仙人かとする。久米の若子の用例は、万葉集中に以下の2例をみることができる。①「はだすすき 久米の若子が いましける〈一に云ふ、「けむ」〉 三穂の岩屋は 見れど飽かぬかも〈一に云ふ、「荒れにかるかも」〉(13-307)、②「みつみつし 久米の若子が(久米能若子我)い触れけむ 磯の草根の 枯れまく惜しも」(3-435)。①の歌では、久米の若子が三穂の岩屋(和歌山県日高郡美浜町)にいたと詠われ、②の歌では、久米の若子が過去に触れたであろうとして、磯辺の草が詠み込まれている。いずれもの歌も久米の若子を過去に存在したものとして詠み込んでおり、久米の若子が伝説上の人物として考えられていた可能性が考えられる。
執筆者 大館真晴