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万葉神事語辞典


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項目名 くまの
表記 熊野
Title
Kumano
テキスト内容 熊野。現在の和歌山県東牟婁郡・西牟婁郡と、三重県の南牟婁郡・北牟婁郡を中心とする地域名。「み熊野の 浦の浜木綿」(4-496)や「ま熊野の 小舟に」(6-1033)のように、接頭語のミないしマを関した例がある。これは、「みよしの」(1-25)の例があるように、その土地に対する畏敬や憧憬を表しているのであろう。畏敬や憧憬が何に基づくかは不明であるが、外洋に突出した半島であることや、古代宮都から見て南方の遠隔地であったことが、その理由の一つであることは間違いない。また、この地域が古代の出雲地域と深く関わることは有名であるが、それが人的移動に伴うものか、信仰圏の問題なのか、その他の理由によるものかは不明である。万葉歌においては、熊野の船が歌われており、「島隠り 我が漕ぎ来れば ともしかも 大和へ上る ま熊野の船」(6-944)、「御食つ国 志摩の海人ならし ま熊野の 小舟に乗りて 沖辺漕ぐ見ゆ」(6-1033)、「浦廻漕ぐ 熊野船着き めづらしく かけて偲はぬ 月も日もなし」(12-3172)などの例がある。これらを総合すると、大和へ登る船、海人の使用する船、浦を漕ぎ回る舟に、いわゆる「熊野船」が使用されていたことがわかる。「熊野船」という呼称は、もちろん熊野から産する巨木を用いたことを想起させるが、材料だけでなくその構造の特色もあったために船影を見ても「熊野船」とわかったのであろう。と同時に、熊野には特色ある構造を持った船を使いこなす操船技術に長けた海人が多かったものと推察される。ために、なんらの説明的記述もなく「熊野船」と歌われているものと思われる。特色ある構造と、優秀な操船技術で万葉時代には著名であったのである。それは、熊野地域が、山が海に迫る陸上交通が途絶した地域であったことに由来しているものと思われる。すなわち、陸地と陸地の移動においても、船によって移動した方が便利な場合が多く、早くから海上交通が開け、造船技術、操船技術ともに当時としては高い水準にあり、熊野の船の名を高めていたものと推定されるからである。
執筆者 上野誠