國學院大學
國學院大學デジタルミュージアム

万葉神事語辞典


はじめに    ≫凡例    ≫項目執筆者一覧    ≫収録項目一覧

詳細表示 (Complete Article)

項目名 くにつかみ・くにつみかみ
表記 国つ神・国つ御神
Title
Kunitsukami / Kunitsumikami
テキスト内容 「国津神」「地祇」「地神」とも記す。地上ないし土着の神・土地神をさす呼称であり、本居宣長『古事記伝』は高天原・天孫系の神に対する語詞と解する。記紀・風土記・祝詞を始め文献に多く登場するが、内容については相違がみられる。記(全8例)では、①具体的神名を持つ神(足名椎・猿田毘古神等)16例、②漠然と葦原中国の神を指す11例、③特定の神を指さず天神と対応して用いられる「国神之子」11例、と特定された神を指す傾向がある(『古事記辞典』)。一方、播磨国風土記、餝磨郡賀野里条においては、地名「幣丘」に関して、応神天皇が当丘にて土地の神(地祇)に幣帛を捧げたことを起源譚としており、特定された神というよりも、当該地域ないし国土を守護し支配する神として呼ぶ要素が強い。万葉集には全3例みられる。高市黒人(題詞には「高市古人」とも表記)は、旧都を感傷する歌の1首に、「楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる京見れば悲しも」(1-33)と詠む。天智天皇治世下において10年ほどで廃都となった近江大津宮跡の荒廃した眼前の光景を、「国つ御神」の心のすさび・加護の衰退に起因するものとみて歎くのである。当該例は、通説には土地の守護神と注されるが、八木毅は大津宮に結集し天智朝に奉仕した氏族の祖先神を念頭に置く。また、森朝男は黒人自らの属する高市県主家における地霊・土地神祭祀の伝統意識を捉えており、飯泉健司は壬申の乱及び大津宮廃都による当地での神官の不在と祭祀の衰退を、祭祀氏族の出身である黒人が実感していたことを読みとる。第2例の山上憶良による少年古日の死去を詠む長歌は、「天つ神 仰ぎ乞ひ禱み 国つ神 伏して額つき」(5-904)と歌い、土地のあらゆる神々に古日の恢復を祈る姿がみられる。第3例となる大伴坂上郎女作歌「更に越中国に贈る歌」の1首では、「道の中国つみ神は旅行きもし知らぬ君を恵みたまはな」(17-3930)と詠み、越中国に赴任した大伴家持に対し、その土地神の加護を祈る姿がみられる。なお、黒人作歌は「ささ浪や国つ御神のうらさびてふるき都に月ひとりすむ」(藤原忠通)の派生歌を持つ(千載和歌集16-981)。青木周平「古事記神話における天神の位置」『古事 記研究―歌と神話の文学的表現』(おうふう)。八木毅「国つ御神考」『説林 12』(愛知県立女子大学)。森朝男「ささなみの国つ御神のうらさびて―高市黒人旧都歌一首考―」『古代和歌の成立』(勉誠社)。飯泉健司「国つ御神のうらさびて」『美夫君志』45。
執筆者 小林真美