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万葉神事語辞典


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項目名 きく
表記 聞く
Title
Kiku
テキスト内容 ①耳にする。②聞き入れて了解する。聞いて従う。①は音や言語を認識することをいい、②はそれを了解して、聞き取った内容を命令として受け入れて従うことをいう。①の例としては「山吹の繁み飛び潜くうぐひすの声を聞くらむ君はともしも」(17-3971)のような例があり、鶯の声を聞くことを表現している。聞くという行為は、一見すると受動的行為であるように考えられるが、多くの音情報から特定の音情報を選別して音声や言語として認識することなので、能動的行為であるといえる。たとえば、鳥の声や獣の声を自然界から選別して認識し、そのことによって心的変化が起きることもある。「吉隠の猪養の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くがともしさ」(8-1561)は、秋になり鹿鳴を聞くと、それを妻を呼ぶ声と認識し、そう認識することによって、独り身で呼び合うこともないわが身のわびしさを詠んだ歌である。これは、鹿鳴を聞くことによって秋を認知することが、対比的に自らの孤独を想起させることになっている。対して、②の例は聞くことによる心的変化が命令と等しい力をもつ例と考えてよい。「もののふの 臣の壮士は 大君の 任けのまにまに 聞くといふものぞ」(3-369)は、「臣の壮士」たる者は「任け」をそのままに「聞く」ということである。この場合の聞くは命令のままに聞くということであり、その意味内容にはその命令に服従するということも内包されている。現代語で「上司の命令はその成否を問わず聞くものである」「親のいうことには聞く耳を持て」という場合の「聞く」の用例と同じである。この例も、聞くという行為が、聞いて従うという意味内容も包含している。おそらくこれは、聞くという行為が能動的選択を伴うことであり、ために聞いた時点で内容を了承したないしは、その命令に従うという意を持つのであろう。と同時に、特定の音情報が季節の到来や、特定の情感を想起させることになる。鳥や風の音を季節感を示すものとして聞く歌が生まれてくるのは、以上のような理由によるものと推察される。
執筆者 上野誠