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万葉神事語辞典


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項目名 かわのかみ
項目名(旧かな) かはのかみ
表記 川の神
Title
Kawanokami
テキスト内容 川を支配する水神。日本では八百万の神がいて、万物を司る。川の神もその一柱で、川の流れや川で採れる魚類等の一切を支配しているとされた。1-38の人麻呂歌では、鵜を使ったり、四つ手網を用いて川の魚を捕り、天皇のお食事として奉仕する様を詠む。勿論、実際に漁をしているのは漁民であるが、それを川の神の行為として描き、川の神が現人神である天皇にお仕えするとして、神々の頂点に立つ天皇の絶対的権力を称揚する。この歌で川の神に対比されているのは山の神である。通常、山の神に対する神は海の神であるが、ここでは、吉野宮という離宮一帯の地が海から遠く離れているので、海の神の代わりに、川の神を出したのである。川の神は中国では河伯と呼び、子供の姿で表された。日本に河伯の観念が伝わり、河童になったと言われる。河童は河の童の意で、水神を幼童とした中国の伝統を負っている。ただ、河童にはミヅチの系統もあり、語源的には、「水(み)つ霊(ち)」で、水中に住む霊的存在である竜や蛇を表わす。これは、日本古来の水神で、真水が流れる川の主とされたのである。仁徳紀11年では、川の神河伯は、堤の造成を妨害し人身御供の一人強頸(こわくび)を沈めて殺してしまうが、もう一人の衫子(ころものこ)は瓠(ひさご)(瓢箪(ひょうたん))を沈めることを川の神に求め、それが出来なかった河伯からの難を逃れることが出来た。同様に、仁徳紀67年でも、県守(あがたもり)が瓠を沈められなかった川の神ミツチを退治してしまう。どちらも人間の智恵が川の神の脅威に打ち勝ったのである。しかし、時代を下るに従って、川の神の恐ろしさは薄れて行き、河童として人間との婚姻や相撲をとる話も生まれ、現在ではすっかり可愛らしいマスコット的存在になっている。だが、万葉歌の川の神は、紀に描かれた恐ろしい神でも現代の親しみのある河童でもなく、天皇に仕え川の幸をもたらす豊饒の神として描かれている。
執筆者 勝俣隆