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万葉神事語辞典


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項目名 かりみや
表記 行宮
Title
Karimiya
テキスト内容 ①行幸などで一時的に滞在するための宮殿。②新宮を建設するまでの仮宮殿。①高市皇子挽歌には、壬申の乱のできごととして「不破山越えて 高麗剣 和射見が原の 行宮に 天降りいまして」(2-199)と詠み込まれている。和射見が原は、岐阜県不破郡関ヶ原町の不破山より東に位置する。天武紀では、大海人皇子(天武天皇)が伊勢国から美濃国入りしており、672(天武元)年6月27日条に「天皇、玆に、行宮を野上に興して居します」と記された行宮のことを指すのかともいわれる。左注に引用された『類聚歌林』には、661(斉明7)年1月14日のできごととして「御船、伊予の熟田津の石湯の行宮に泊つ」(1-8左注)とある。692(朱鳥6=持統6)年に行われた行幸には、中納言三輪朝臣高市麻呂が冠位を投げ捨てて農繁期前の実施を諫めたエピソードが披露され、持統天皇が聞き入れないまま伊勢へ出立し、5月6日に「阿胡の行宮に御す」(1-44左注)とある。740(天平12)年の東国巡行に関わる作歌には、「伊勢国に幸せる時に、河口の行宮にして、内舎人大伴宿祢家持が作る歌一首」(6-1029題詞)「狭残の行宮にして、大伴宿祢家持が作る歌二首」(6-1032,1033題詞)「美濃国の多芸の行宮にして、大伴宿祢東人の作る歌一首」(6-1034題詞)「不破の行宮にして、大伴宿祢家持が作る歌一首」(6-1036題詞)と、大伴家に関わる歌のみに行宮の行程が記される。その間に位置する歌についても、行宮を基準とする作歌事情の検証(6-1030・6-1031)が記され、仮宮を基準とする編集上の趣向を見て取ることができる。歌語としてより、題詞や左注のような記録的な表現として定着してゆく。紀の神武即位前紀乙卯年3月6日条には、「吉備国に入り、行館(かりみや)を起てて居します。」と具体的な建造物としての様相がうかがわれる。②紀の743(皇極2)年1月28日条には、「権宮(かりみや)より移りて飛鳥板蓋新宮に幸す」とみえる。
執筆者 市瀬雅之