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万葉神事語辞典


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項目名 かむながら
表記 神ながら
Title
Kamunagara
テキスト内容 神としてそのままに。「ながら」は「な」(連体格の助詞)に本性・正格を示す名詞「から」がついたもの。孝徳紀にも「惟神(かむながら)」があるものの、柿本人麻呂創出のことばであると考えられる。「神ながら」は基本的に天皇や皇子に用いられることばであるが、後に「鎮懐石」(5-813)、「葦原瑞穂国」(13-3253)、「立山」(17-4003)といった対象にも広がった。このことばは、天皇即神思想である「大君は神にしませば」から「神ながら」への表現史の中に、定位されることばでもある。天皇即神思想といっても、その内実は様々である。「大君は神にしませば」の「神性」は、内在するものというより、誇張した大君讃美で、天皇を神と信じた表現ではない。持統天皇雷岳讃歌(3-235)で柿本人麻呂は「大君は神にしませば天雲の雷の上に廬(いほり)せるかも」と歌う。「雷岳」を「天雲の雷」と誇張して表現し、その上に廬するとする。大君を神と表現しながら、天皇の行いは、地上世界での統治である。一方「神ながら」は、天皇の神性を本質的な性質によるものとしてとらえる。そこに、「神ながら 神さびせす」(神としてそのままに、神らしくふるまう)という表現も生まれている。こちらの表現は、神である天皇が、神の世界を出現させるという表現となっている。例えば、柿本人麻呂の吉野讃歌(1-38)では、「やすみしし  我が大君  神ながら  神さびせすと  吉野川  激(たぎ)つ河内に 高殿を  高知りまして  登り立ち  国見をせせば」から始まり、山神と川神の天皇への奉仕が続く。歌い納めは山神と川神も帰順して奉仕する「神の御代」であると吉野における神性として表現している。人麻呂以後は、藤原宮役民作歌(1-50)で「神ながら 思ほすなへに」といった例が続き、この歌の場合、前半部が「天地も 依(よ)りてあれこそ」と神の世界における天地の神の奉仕が語られ、後半部には、人の世界の御民の奉仕が語られた「人の性格を帯びる神」として天皇の姿が歌われる。文武天皇即位宣命第1詔に「神随(かむながら)」が詠まれた697(文武元)年以降は、「うつせみ」の大君としての天皇が地上世界を統治するかたちが、天皇即神表現として定着する。福沢健「神ながら神さびせす」『淑徳大学国際経営・文化研究』第3巻第1号。福沢健「藤原宮役民作歌の『神ながら』」『上代文学』81号。多田みや子「神ながら神さびせすの意味」『古代文学の諸相』(翰林書房)。神野志隆光「『神にしませば』と『神ながら』」『柿本人麻呂研究』(塙書房)。
執筆者 塩沢一平