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万葉神事語辞典


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項目名 かみのみや
表記 神の宮
Title
Kaminomiya
テキスト内容 神の居所。神の社。万葉集に「皇祖神の神の宮人」(7-1133)と見え、皇祖神(すめろき)の神を祭る宮に奉仕する宮人が詠まれる。皇祖神は天皇の祖たちであり、それに連なる高天の原の神々である。あるいは浦島の子は海上で海の神の娘に出会い「海若の神の宮」(9-1740)に至ったという。記紀では神の社は「宮」で表されるが、その中でも「神宮」は記紀を通して伊勢神宮・石上神宮・出雲神宮に特定されている。風土記には神宮(常陸国筑波)・神之宮(同香島)・大神之宮(出雲国出雲、楯縫)などと見え、在地の偉大な神の宮を指している。神の宮が他の多くの神の社と区別されるのは、神の宮(神宮)を国家的規模の祭祀対象とする考えからであろう。出雲・伊勢・石上などの神の社は、在地性の強い神社であったが、大和の国家祭祀に組み込まれることで特化されて神宮と称されたものと思われる。神祇令では常祀の神社として伊勢神宮が挙げられているのは、伊勢が国家祭祀の中枢へと成長したからであった。神宮という名称は、古代中国で神を祭祀する建物として用いられ、「神宮懋鄴、明寝昌基」(斉郊廟歌辞)のように、神の宮は斉の国を盛んにし、安らかにして基を盛んにすると歌われる。常陸国風土記(筑波郡)には、巡行して来た神祖(かむおや)が筑波山の神を褒めた漢詩が一首載るが、そこでは「愛乎我胤、巍乎神宮、天地並斉、日月共同」(愛しきかも我が胤、高きかも神の宮、天地と並に斉しく、日月と共に同じくす)と詠まれ、詩体及び内容は楽府体の郊廟歌辞に見える四言体歌辞と等しくする。おそらく中央から派遣された知識人の創作であると思われ、子孫を褒める内容からは郊廟に祖先の神が降臨して祝福した内容であることが知られる。なお、朝鮮半島古代三国の祭祀を伝える『三国史記』の雑志(祭祀)によれば、新羅宗廟の制度は第2代南解王3年に初めて始祖赫居世の廟を造り、四時の祭りを行い、親妹阿老主が祭り、第22代智証王は始祖降臨の地である奈乙に神宮を創立し祀ったとある。智証王は西暦500年に即位した新羅王である。始祖のために神宮を創建したということからみると、神宮は始祖を祭祀する廟である。中国の郊廟は始祖を祀る霊屋であり、『礼記』に天子は七廟と定められ、その中央に始祖が祀られる。諸侯の五廟においても中央に始祖が祀られる。楽府の郊廟歌辞は、天子の始祖を祀る折の歌である。日本に見られる伊勢・石上・出雲などの神の宮は、在地の王族の始祖が祀られた神の宮であったものと考えられ、万葉集の「皇祖神の神の宮」は、天皇家の始祖(皇祖)を祀る神宮のことであると思われる。
執筆者 辰巳正明