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万葉神事語辞典


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項目名 かみししらさむ
表記 神し知らさむ
Title
Kamishishirasamu
テキスト内容 「し」は強意の助詞。「さ」は上代特有の尊敬の助動詞「す」(活用の型は四段動詞と同じ)の未然形。「む」は推量の助動詞。神がお知りになるだろう。おわかりになるだろう。「神し知らさむ」は万葉集に2例あり、1例は「思はぬを思ふと言はば大野なる三笠の社(もり)の神し知らさむ」(4-561)という歌で、相手を本当に恋してもいないのに、恋していると言ったならば、神罰が下るだろうという意。もう1例は、神罰を下す神が「真鳥(まとり)住む 雲梯(うなで)の社の」(12-3100)となっているのが異なるだけの非常によく似た類歌である。集中には他に「神も知らさむ」の例が1例あり、これも「思はぬを思ふと言はば天地の神も知らさむ邑礼左変」(4-655。5句目は訓義未詳)という類歌である。この歌は、前後の歌から「私が嘘をついたら私に神罰が下る」という意で、「私は神掛けて嘘は言っていません」という意味になる。他の2例もこれと同様であるか、あるいは「あなたが嘘をついたらあなたに神罰が下る」というのか、それは判然としない。しかし、どちらであっても、神は単に人の心を知るだけではなく、嘘や不誠実に対しては神罰を下すとうたっている。これらの歌自体に神への強い畏怖心を見るべきなのか、それとも戯笑的な作品ととるべきなのかについても両様に考えられるが、いずれにせよ、こうした歌が成立する背景には、神は全知全能であり、また嘘を許さず、嘘をついた者には神罰を下すという思想がある。こうした思想は、允恭紀4年条に見える盟神探湯という審判の思想と共通するものである。
執筆者 北川和秀