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万葉神事語辞典


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項目名 かなし
表記 悲し・愛し
Title
Kanashi
テキスト内容 ①痛切に心が動かされる、身にしみて感じる、悲しい、②いとしい、かわいいを意味する形容詞。現代語の感覚に近いのは①での意味で、「朝日照る 島の御門に おほほしく 人音もせねば まうら悲しも」(2-189)、「ま幸くと 言ひてしものを 白雲に 立ちたなびくと 聞けば悲しも」(17-3958)のように、挽歌において死者を悼む例であろう。前者は草壁皇子の薨去時の舎人の歌であり、後者は弟書持の死を悼む大伴家持の歌である。ただし、柿本人麻呂の近江荒都歌で「ももしきの 大宮処 見れば悲しも」(1-29)と歌われるのは、かつて繁栄を極めた近江大津宮の荒廃を目の当たりにしての感慨であり、①の意味の「かなし」は人の死に限ることなく、存在すべき対象の不在全般について抱く感情のようである。その一方で「かなし」は、東歌・防人歌に偏りを見せるものの、②の恋人や配偶者をいとおしく思う感情も示す。「多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の ここだかなしき」(14-3373)は東歌の例、「我ろ旅は 旅と思ほど 家にして 子持ち瘠すらむ 我が妻かなしも」(20-4343)は防人歌の例である。防人歌の例は、①の意味合いをも含む例であろう。こうした「かなし」については、不可能をあらわす「かぬ」が形容詞化したものと説明され、何とも言いようがなく、どうにもしようがない、心中に湧き起こってくる抑えきれぬ感情が原義と見られ、そうした意味で①と②とは統一的に理解することができる。大伴旅人の報凶問歌の「世の中は 空しきものと 知る時し いよよますます 悲しかりけり」は、相次ぐ訃報に世の無常を身にしみて感じ、どうにもしようのない感情が体に湧き起こってくる感覚を表現しており、人の死に関する例ではあるが、前述した「かなし」の原義に近い用法であろう。また、自然を対象とする例(19-4149)も、①②の意味を脱している点で、原義に近いものと思われる。
執筆者 大浦誠士