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万葉神事語辞典


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項目名 かすが
表記 春日
Title
Kasuga
テキスト内容 春日大社を中心とする奈良市東方の地域を指し、春日野、春日山などと詠まれている。開化紀元年冬10月条の「遷都于春日之地」の注に、「春日、此(ここ)には箇酒鵝(かすが)と云ふ」とある。春と霞の縁から「春日」の用字が定着したものと思われ、紀歌謡に「播屡比能(はるひの) 箇須我嗚須擬(かすがをすぎ)」(94)とあり、山部赤人は「春日を 春日の山の」(3-372)と歌う。「春霞 春日の里の」(3-407)、「霞立つ春日の里の」(8-1437・1438)の枕詞は「霞」と「かすが」の音の類似による。「春日の里」で「天皇に献る歌二首」(4-725、726)を作った坂上郎女、春日山の黄葉を歌う(8-1568)家持など、佐保を本拠とする大伴氏にとっては親しみ深い土地であり、家持周辺の人々は、こぞって春日の地を詠んでいる。この大伴氏以外にも土着の氏族があり、天武13年には、春日臣を祖とする大春日臣が朝臣姓を賜っている(紀)。春日臣は丸邇臣(わにのおみ)が春日の地に移住したもので、雄略記には天皇が丸邇之佐都紀臣(わにのさつきのおみ)の娘、袁杼比売(をどひめ)を妻問うために春日に行幸する話が見え、継体紀には、勾大兄皇子(まがりのおほえのみこ)が、「春日の 春日の国に」求め得た、後の皇后、春日山田皇女と唱和した歌(96)が見える。孝霊皇后の春日之千々速真若比売(ちちはやまわかひめ)(記)の名は、春日の地の勢いある霊力を表すものと見られ、春日の地霊は古くから王権に取り込まれてきた。751(天平勝宝3)年春の「春日に神を祭る日」には、光明皇后が「齋(いは)へ神たち」(19-4240)と、遣唐大使藤原清河の餞に歌を贈っている。春日大社が藤原氏によって創建された768(神護景雲2)年以前より、すでに神祭が行われていたらしく、「ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを」(3-404)のように、神域と考えられていたことが分かる。神亀4年正月、諸王と諸臣の子弟が春日野で打毬に興じて宮中警備を怠り処罰された。「祓(はら)へてましを」「みそぎてましを」(6-948)と悔やむ彼らにとって、春日野は日常性と神聖性とを有する地であった。
執筆者 島田伸一郎
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春日野