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万葉神事語辞典


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項目名 おおみけ
項目名(旧かな) おほみけ
表記 大御食
Title
Omike
テキスト内容 天皇の食事のこと。オホミは、「大」「御」二つの敬称を重ねて最高の敬意をしめす接頭語(「大御言(おおみこと)」「大御歌(おおみうた)」など)で、神や天皇に関する事物あらわす。平安時代になるとオホンと撥音に変化する。ケは食事の意。柿本人麻呂の吉野行幸歌に、「川の神も天皇の大御食のために(「大御食に仕へ奉ると」)、上流では鵜飼いをし、下流では網を渡して、山川の神がこぞって仕える神の御世であるよ」(1-38)と、川の神が、現人神としての天皇に大御食を奉るとうたわれている。また、755(天平勝宝7)年の大伴家持の歌では、「海人の小舟が点々と浮かんで、大御食のためにあちらこちらで魚を釣っている」(20-4360)と、海人が大御食に奉仕するとよまれている。古事記では、仁徳天皇が、石之日売(いわのひめ)の嫉妬を恐れて吉備国に逃げ帰った黒日売を迎えに行く場面で、黒日売が山の畑で青菜を摘んで大御羮(あつもの)(熱い汁物)を作り大御飯(おおみけ)を奉ったとある。また、小碓命(おうすのみこと)(ヤマトタケル)は、兄の大碓命(おおうすのみこと)が朝夕の大御食(食事)に陪席しないため、大碓命を殺害してしまう(景行記)。このように、古代においては、大御食が服属儀礼の一環として機能している。律令制度下では、天皇の食膳調進の官司として「内膳司」(前身「膳職(かしわでのつかさ)」)が位置づけられており、膳(かしわで)氏(後に高橋氏と改姓)・安曇氏(729年に失脚)の者が多く任用された。膳氏の出自については、紀の高橋氏文(たかはしのうじぶみ)によれば、景行天皇の東国行幸時に、始祖となる磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が白いハマグリ(高橋氏文ではハマグリとカツオ)を捕って天皇に調理して献上したところ、天皇の御食をつかさどる氏族として仕えるよう膳臣の姓を授かったとある。『延喜式』の祈年祭祝詞には、五穀をつかさどる「大御膳都(おおみけつ)神」(御食津神と同じ神)として神格化されている。「大御食」の類語に、「大御饗(おほみあへ)」(景行紀18年3月条)がある。→みけ〔御食〕
執筆者 田中夏陽子