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万葉神事語辞典


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項目名 いさめぬわざ
表記 不禁行事
Title
Isamenuwaza
テキスト内容 神の禁止しない行事。「いさめ」は動詞下二段「いさむ」の未然形。禁止すること。「わざ」は行事。高橋虫麻呂が筑波山で行われたカガイ(嬥歌(かがひ)の会)の時に、人妻との交わりは山の神の禁止しない行事だと詠んでいる(9-1759)。カガイは歌垣の東国方言で、春秋の季節に男女が飲食物を持って山に登り、歌を掛け合う行事。筑波山の歌垣は女岳の水辺で行われた。虫麻呂の歌にも裳羽服津(もはきつ)のその津の辺で男女が行き集い、嬥歌(かがひ)が行われたとある。そのカガイの折に「人妻に 吾も交らむ わが妻に 他も言問へ」といい、「この山を 領く神の 昔より 禁めぬ行事ぞ 今日のみは めぐしもな見そ 言も咎むな」という。この山を支配する神が、昔から禁止しない行事であるから、今日ばかりは不都合なことも見るな、いろいろ咎め立てをするな、というのである。普段は神が禁止する行為であるが、今日ばかりは神も禁止しないというのは、人妻に言い寄る行為のことである。我も他人の妻に言い寄り、他人も我が妻に言い寄れということから、カガイに乱婚や性的解放が行われたと説かれたりする。都の官人からは蛮族の風習に見えたのだが、カガイという行事は男女の自由恋愛が主たる目的であり、いわば恋の祝祭がカガイである。その自由恋愛は恋歌によってのみ成立し、恋歌の中にのみ自由恋愛が存在したのである。カガイは未婚・既婚が交じり合い、原初の背と妹との関係になって恋歌を掛け合う。この人妻とは本来結婚すべきであった妹のことであり、カガイは日常の社会性から解放された、背(他人の旦那さん)と妹(他人の奥さん) との自由恋愛でもあり、カガイの行事ではそうした兄と妹との恋愛(模擬恋愛)が許されたのである。嬥歌という漢字は中国西南の少数民族の歌会を指したものだが、貴州省族の歌会では、他人の旦那さん・他人の奥さんと呼び合って恋歌を掛け合う。愛しながらも一緒になれない男女が、歌会の折にのみ兄と妹となって恋歌を歌う。そこには民族における愛の苦難の歴史が存在したのである。→かがい 辰巳正明『詩の起原』笠間書院
執筆者 辰巳正明