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万葉神事語辞典


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項目名
表記 斎・忌
Title
i
テキスト内容 斎・忌の意の名詞につく接頭語。イの音韻が変化したユも同じような意味で接頭語として用いられる(イとユは共に「斎」と表記されるため、イかユか訓を決め難い場合がある)。接頭語イの語例としては、イ垣(かき)、イ串(くし)、イ杭(くひ)、イ組竹(くみたけ)などがある。イは通説では、神事に関する名詞に付き、斎み清めた神聖なものであることを表すとされている。ただし土橋寛はこの通説に対して、必ずしもそうとは言えないとして「『イ』は元来、生命力、霊力を意味する名詞であったから、生命力の強い自然物(植物や岩)の称辞的接頭語としても用いられ、また日常的な自然物や器物に霊力を与えることによって神聖化することを意味する動詞にも用いられている」とする。このように、イに本来的に生命力の意味を見出す土橋によれば、イノチの「イ」は生命、「チ」は力であるという。また岩崎良子は、通説では、動詞に接続した接頭語イ(イ隠る、イ渡す、イ寄る等)はあまり意味のない接頭語で、名詞に接続した接頭語イは神事に関すると区別されているが、両者を明確に区別しうる根拠はなく、元来同一の接頭語だったのではないかと考えている。このように、イは必ずしも神聖さを示さないとする考え方もあるものの、万葉集における名詞につく接頭語イには、基本的に神聖な意味があるとみられる。具体例を見ていくと、「イ垣」(11-2663)は神社の垣の事である。「イ串」(13-3229)とは木簡状のいわゆる削りかけで、長さ20~30センチ、幅1.5~2.5センチぐらいの大きさ、人形(ひとがた)などと共に呪術の具として用いられた。「イ杭」(13-3263)は記の允恭条の歌謡にも見られるが、忌み清めた杭、神聖な杭のことで、泊瀬川の上流に立てて鏡を掛けたことから祭祀的役割が見いだせる。「イササ群竹(むらたけ)」(19-4291)のイササは未詳であるが、「イ笹」であるとする説がある。万葉集以外の例を見ると、「イ組竹」は記の雄略条の歌謡、紀の継体7年9月条の歌謡に見られ、枝葉が繁茂した竹をほめた言葉である。「イ杵築の宮」は記の雄略条の歌謡に見られ、築き固めた宮のことである。また紀の仁徳40年2月条の歌謡にみられるイツキが「イ槻」であるとする説がある。記紀にみられるイは必ずしも神聖な意味に解釈する必要はなく、イに本来的に生命力の意があったとする土橋寛の見解も首肯できる。岩崎良子「い」『古代語誌―古代語を読むⅡ―』(桜楓社)。土橋寛『日本語に探る古代信仰』(中公新書)。
執筆者 山﨑かおり