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万葉神事語辞典


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項目名 あめつちのよりあいのきわみ
項目名(旧かな) あめつちのよりあひのきはみ
表記 天地の寄り合いの極み
Title
Ametsuchinoyoriainokiwami
テキスト内容 原義は、天と地が一つに寄り合う果てまでという空間的な意。転じて、空間的・時間的な無限性を表現したもの。アメツチとは、天と地、天と地の神をいう。多くは「神」に続き、神に祈りを乞い、天皇が時間的・空間的に国土を支配することの始原性を語る内容に用いられ、特に儀礼的な長歌にて語られる(2-167、6-1047)。天地の永遠・絶対性から、空間的な無限を表現し、また、時間的永遠性をあらわすのにも用いられる。「天地の寄り会ひの限(きはみ)万代に栄え行かむと」(6-1047)では、「いつまでも」と時間的な永遠性にも用いられる。キハミとは、名詞「きは」は無限を意味し、その動詞形は「きはむ」「きはまる」。これは終了を意味せず、無限に極点に近づくが、ついに極点に達して動作を終えることがない状態。5-800は動作が限りなく連続したその最後のところをいい、蛙が歩きつづけていく果て、という表現の意識はその連続性にあり、無限の彼方を意図したものと解釈されている。ここにいう無限とは、例えばタマキハルは魂の無限を示し、その無限ゆえに生命もまた無限だと信じた古代人の思惟を示しているという。「道を極める」と同様、無限に道の奥義に近づきながら、なおすべてを修得しえないゆえに、道は無限に修めつづけなければならないという、その永遠性、継続性が指摘されている。祝詞に「天の壁立つ極み、国の退き立つ限」(祈年祭)と、神の治める国の無限性を述べている。このような思想は、主に道家の「道」によろう。道家の道は、万物生成の由来する本源としたものであり、老子は自然の大道に因循することを狙ったものといえる。天地の陰陽は「相依相涵」(『周易函書』3)とある。万物の摂理をふまえて、神の世界とその加護の無限性を示し、賛美するものである。11-2787はこの永遠性・無限性・継続性を恋愛に投影。
執筆者 毛利美穂