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万葉神事語辞典


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項目名 あめ
表記
Title
Ame
テキスト内容 ①記紀神話における「天つ神」。②「天つ神」の住む天上世界。③「天つ神」と無関係な天上世界。④天空。⑤比喩としての天空。「あめ」と母音交替形の「あま」があり、「安米乃美加度乎(あめのみかどを)」(20-4480)、「安麻能之良久毛(あまのしらしくも)」(15-3602)等の仮名書き例がある。仮名書き以外は全て「天」の文字が用いられ、漢語「天」の受容によって「中国における天の観念が、幾分かの拡張をみせながらも、異国の見知らぬ観念に附随する神秘感を中心に、かなりの広い層にわたつて我が上代人に受け入れられ、嗜好されてゐたことが理解される」(吉井)。大伴家持の「天の日継」(18-4089、4094、4098、19-4254、20-4465)が①の例で、皇位を意味する「天津日継」(記)「宝祚」「天業」(紀)に当たる。吉井巌は、和風諡号に「あめ」の語を含む天皇が見えることや『隋書』の「倭王姓阿毎」に触れて、「天」の理念の導入時期として推古、または皇極・孝徳朝を示唆しているが、神野志隆光は「独自な『天下』の世界観の定着のほうが先行すると認めてよいであろう」という。この「天下(あめのした)」の「天」は②に当たる。「天をば 知らしめすと」考えられたのが「天照らす 日女の尊」であり、その居所が「天の原」(2-167)である。坂上郎女の「祭神歌」(3-379)に詠まれた「天の原」も同様と考えられる。「天の下 知らしめしける」(20-4465)など19例を見る「天の下」は、「天から降下した天つ神の子孫の統治する国すなわち葦原の中つ国をさしたものであり、天孫の治める国が『天の下』の原義(和訳語の)であった」(戸谷)。高市皇子挽歌と安積皇子挽歌の「天知らしぬる」「天知らす」(2-200、3-475、476)は、天上界を統治するという意を含み持ちつつ皇子の薨去をいう。七夕歌の「天の川」は漢籍の「天漢」の翻訳語であり、天上世界にある川の意で③に当たる。ただし、「天の川安の渡りに」(10-2000)などの「安の渡り」は記紀神話に見える川であり、②との混交が見られる。石田王(いはたのおおきみ)卒時に丹生王(にふのおおきみ)の詠んだ挽歌(3-420)や「怕(おそ)ろしき物の歌三首」(16-3887)に見える「天なる(や)ささらの小野」は天上にある特殊な野と考えられたらしく、丹生王の歌から伊藤博は「ささらの小野に生い茂る草は、人の死を救う呪力を持つと考えられていた」(『釈注』)という。狭野弟上娘子の「天の火」(15-3724)は、「天火」の翻訳語とされ、「地上の人間の悪業を焼く火」として「宅守の流罪を不適切とする考えの上に歌われていた」(『全注』)と見ると②の例とも思われるが、人力を超える強力な火を天界に求めたものとも思われる。山上憶良の「天へ行かば汝がまにまに」(5-800)も③の意と見られる。④の例として、「我が子羽ぐくめ 天の鶴群」(9-1791)と歌う母親の思いには遠く離れたわが子への切実な願いが込められていて、「天の」の語に「『鶴群』を神秘化する効力がある」(『釈注』)と見ることができる。⑤には、「天の足る夜を」(13-3280)、「天にはも 五百つ綱延ふ」(19-4274)などがある。「天のごと 仰ぎて見つつ」(13-3324)は皇子の挽歌であり②とも重なる。総じて、記紀神話との密接な関わりの有無によって①②と③④⑤とに大別されるが、なお截然としない例も見られる。景行記で八尋白智鳥(やひろのしろちとり)と化した倭建命(やまとたけるのみこと)が二度飛翔する「天」は④と②と見られ(居駒)、「あめ」の持つ二面性が表れている。吉井巌「古事記における神話の統合とその理念」『天皇の系譜と神話』(塙書房)。神野志隆光「天下―世界観という視点から」『古事記の世界観』(吉川弘文館)。戸谷高明「『天』の思想と表現―万葉の景物」『学術研究』24号(早稲田大学教育学部)。遠山一郎「『万葉集』における世界の区分」『天皇神話の形成と万葉集』(塙書房)。居駒永幸「天翔るヤマトタケル――歌謡物語の成立をめぐって」『記紀万葉の新研究』(桜楓社)。
執筆者 島田伸一郎